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「短い人生は時間の浪費によっていっそう短くなる。 」(サミュエル・ジョンソン)
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―――キーン、、、コーン、、、カーン、、、コーン、、、


始業のベルとともに、ガタガタと音を立てながら、それぞれの椅子を埋めていく。

いつもの席、お決まりの場所。
まるでその位置によって己の存在を肯定するかのように、彼らは定められた所定の位置に着いていく。
どの椅子もどの机も、規格された、個性など無い無機質で同質な存在だった。
座席には番号がつけられている。
それ以外に、これらを区別する手立ては無い。
果たして、この机と僕たちは、一体何が違うというのだろうか。

すっかり数学の準備を整え、僕は待つ。
しかし、それにしても遅い。
始業のベルから、5分、いや、もう10分近く経っている。
別段、授業が好きというわけではなかったが、こうして無作為に時間を過ごすよりかは、幾分マシだった。
仕方なく、問題集を開き、解き始める。
受験は来年とは言え、そう悠長に構えてもいられない。

しかし、こんなに遅れるなんて。
昨日、国語の教師が寝坊して遅刻したばかりだというのに。
意識を問題集に戻す。
数学は好きだ。
理由は簡単だ。
美しいからだ。
数式を並べる度に、現実から隔絶されていくような気がした。
騒がしい彼らの声も、ひそひそと内緒話をする彼女らの声も、そう、すべてを置き去りにして、、、


―――そして、扉が開いた。

、、、やれやれ。
2日連続で遅刻した挙句に、教室を間違えるとは、まったく困った教師だ。

左手で後頭部を押さえながら、やや前傾し、肩をすぼめ、ヒョコヒョコと教室に入ってくる。
ただでさえ160cmに満たない身長が、いつにも増して小さく見える。
いかにもお調子者、と言った風貌の彼がそう、国語の教師である。

さて、今日の一時間目の授業は「数学」である。
どうやってこの事実を彼に伝えようかと思案するが、考えるまでもない、誰彼となくすぐに糾弾し始めるだろう。
華に群がる蝶のように、「他人の失敗」という、甘美な蜜を求めて。
しかし、肝心の数学の教師はどうしたのだろうか。
春眠にはまだ、いささか早いと思うのだが。



―――おかしい。
何故誰も指摘しない。
彼の苦しい言い訳に笑いこそすれ 、彼の間違いに笑う者はいない。
そして、何事も無かったかのように授業が始められる。

「じゃあ、292ページ開いて。」

パラパラとページをめくる音が聞こえる。
おかしい、今は数学の時間のはずなのに、なぜみんな国語の教科書をめくっているんだ?
何故、さも当然の如く、292ページをめくる?
そもそも、今日は国語なんて無いはずじゃないか。

「おい、教科書はどうした?忘れたのか?」

「あ、え?、、、はい、忘れました。」

「仕方ないヤツだな。隣、、、そうか、そこは橋本の席だったな。ちょっと待ってな。今、予備の教科書とってくるから。」

言うなり、彼は教室を飛び出した。
遅刻した教師に咎められるとは、何ともバツが悪い。
いや、そもそも咎められる理由がない。ないはずなのに。
周りを見渡すと、みな一様に292ページを開いている。
連絡ミスか、それともタチの悪い悪戯か。
いや、少なくとも教師がそんな悪戯に加わるなど考えられない。
もっと何か、、、そう、何か大きな力を感じずにはいられなかった。
じわっと、不快な感情が汗腺からにじみ出てくるのを感じた。

「ほら、これを使いな。」

いつの間にか戻ってきていた教師から、使い古された予備の教科書を受け取る。
僕の席は後ろから2番目の左端。
つまり、隣の席は一つしかなく、頼りの隣人はここのところ休んでいるのだった。
しかし、2人で教科書を見るより、予備の教科書を貸してもらった方が、僕としては都合がよかった。

292ページを開く。
ふと、ある感覚に、思考が絡めとられる。
デジャヴ、とやらがあるとすれば、こういった感覚なのだろうか。
このページは、「すでに」やった。そう、「昨日」やった。
確信を持ってそう言える。
だが、誰も何も言わない。
さも当然の如く、まるでそれが初対面であるかのように、292ページと対面している。
そんなはずはない。
これは借り物の教科書だから仕方ないが、家にある僕の教科書には、この3行目から4行目にかけて赤線を引いてあるはずだし、ここで著者が言いたいのは、「日本の家屋は、その曖昧な境界性から、絶対的な空間でなく、相対的な空間を構成しているのだと考えなければならない」ということだ。
断言できる。これは確かに「やった」。
しかし、誰も気づかない。
僕が間違っているのか?
いや、そんなはずはない。しかし、、、

僕の混乱をよそに、授業は着々と進んでいく。
遅れを取り戻すように、教師は早口でまくしたてる。
まるで早送りをしているようだ。
それは、予め定められた結果に縛られているかのように、深い深いアリ地獄へと絡めとられていく。
幾多の柔らかな時計は、それぞれに鈍い螺旋を描きながら、みな一様にその収束へと導かれる。
その中で僕は、不意に小さな小さな特異点へと落ち込んでしまったようだった。

教室を覆うほどの巨大な蜘蛛が、僕を少しずつ絡めとっている。
そんな奇妙な錯覚を覚える。
徐々に身動きが取れなくなる思考の中で、どうか単なる僕の勘違いであって欲しい、という願いがそれを占領していくのが、手に取るようにわかった。

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