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廊下側の一番前から順番に、朗読が進んでいく。
このまま行くと、どうやら僕まで回って来そうもない。
僕は一人で、292ページから黙読を始めた。
――― それは、唐突に訪れる。
いつの頃からだろうか。それは人間の歴史と共に存在する。
或る人はそれを激しい落雷に形容し、また或る人はそれに甘美な果実を連想する。
果てしなく広がる楽園に、男は住んでいた。
何不自由なく、しかしながら、とりわけ幸福を感じることもなく、男は生きていた。
生きていたというより、死んでいなかった、と言ったほうが適切だろうか。
男は、平坦な人生を、何の疑いも無く、生きていた。
それは、「永遠」のための、些細な代償であった。
―――それは、唐突に訪れた。
いつものように、男は空を見上げていた。
何の目的も無く、ただ雲の流れを追っていた。
地平線に流れ行く雲が、反対の地平線からまた流れ来る様を。
「永遠」を。輪廻を。時の果てを。ただ、ぼんやりと、眺めていた。
突然、、、そう、突然、平坦な日常は、打ち破られた。
――― ポトン。
空を覆う青と白のその間から、突然、「何か」が降ってきたのだ。
大きくは無い。丁度手に収まる程度の、赤い果実。
色・形といい、赤く熟れた林檎を強く連想させる。
しかし、初めて見る果実。
奇妙なのは、空から降ってきたこと。
そこには、天を貫くような大木など、どこにも無いというのに。
得体の知れない、奇妙な果実。
明らかに怪しく、危険ではないか。
しかし、男にとって、そんなことなどどうでも良かった。
ただただ安穏と続く日常。
その中で、この果実の存在は、あまりに特異だった。
それだけで、男にとっては十分であった。
男は迷わず、それを頬張った。
そして、その果実の欠片を乱雑に咀嚼し、飲み込む。
、、、なんだ、大したことはない。
ただのどこにでもあるような果実ではないか。
何だって俺はこんなものに期待をしてしまったのだろう。
男は、果実を投げ捨てた。
何気なく、その軌道を目で追う。
果実が放物線の頂点に達し、そして、重力に導かれるように、地球の懐へと誘(いざな)われる。
一面が欠けた果実は、不規則な跳躍を繰り返し、やがて諦めたかのように這い蹲り、静止した。
そして、そこには―――
――― そこには、女がいた。
男は、雷に打たれた。体の芯まで痺れ、這い蹲り、静止した。
今まで信じてきた日常が、音を立てて崩れていくのがわかった。
たとえ全てを失ったとしても、この女が欲しい。そう思った。
何故そう思ったのかはわからない。
とても自分が正気とは思えない。
自分が自分でなくなったようだ。
指の一本でさえ思うように動かせない。
呼吸ですら、意識していないと忘れてしまいそうだ。
こんなの、自分じゃない。
男は、得体の知れない「何か」に、心を占領されていた。
もしかすると、さっきの果実のせいなのかも知れない。
単なる偶然か。神の気まぐれか。はたまた悪魔の悪戯か。
しかし、そんなことは問題ではなかった。
今、こうして、一人の哀れな男が、その毒牙にかけられている。
そこに唯一存在を許されているのは、その確固とした事実、ただそれだけだった。
男は、差し伸べられた手に、すがりついた。
まるで、天から地獄に伸びる蜘蛛の糸を掴むかのように。
そして男は、幸せを掴んだ。
――― 「幸せ」と言う名の、不幸を。
後に人は、その果実を「恋」と呼ぶようになった――――――
―――キーン、、、コーン、、、カーン、、、コーン、、、
一人で読み耽っているうちに、授業は終わってしまったようだ。
黒板の文字は、ちょうど「昨日やったところまで」進んだところで、その歩みを止めていた。
「恋、、、か。」
溜息のように呟く。
アレコレと述懐したあと、ふと、ある名前が浮かんだ。
「アイツも、恋をするんだな、、、」
ふと脳裏に浮かんだ名前。
唯一無二の親友にしてバカの代名詞。
小林陽介その人だ。
僕は決して社交的な方ではないが、それなりに優等生を演じているのため、顔は広い。
望んではいないが、浅く広い付き合いが多いのだ。
そんな中で、唯一迷うことなしに「親友」だと言い切れるのが、「小林陽介」である。
「もう、、、半年になるんだな。」
パタン、と教科書を閉じ、ガラス越しに空を這う雲に目をやった。
始まりは、それから2ヶ月くらい前だったか―――